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パリ同時多発テロを受けての「日本の立ち位置」について〜文明論的な視点が必要だ〜

フランスのパリで今月13日に起こった連続テロが、世界に大きな衝撃を与え、波紋を広げています。

 

欧米を中心に世界各国も即座に反応し、各国首脳が「卑劣なテロは断固許さない」といった声明を発表しました。

ちなみに我が国の安倍総理の公式声明は以下の通りです。

「パリで発生した一連のテロ行為により、多数の死傷者が出たとの報に接し、大きな衝撃と憤りを禁じ得ません。このような非道卑劣なテロは如何なる理由でも許されず、断固として非難します。ここに日本国政府及び日本国民を代表し、フランス政府及びフランス国民の皆様に連帯の意を表明します。また、全ての犠牲者及びその御家族の方々に心から哀悼の意を表すると共に、負傷者の方々に心からお見舞い申し上げます。この困難な時に、日本はフランスと共にあります」



私自身も勿論、犠牲となった多くの方々に哀悼の意を表しますし、日本の公式声明の内容にも異論はありません。ただ一方で、アメリカやイギリスやドイツと全く同じ反応・動きをする必要はないと感じます。今回のテロも含めてのIS(イスラム国)の台頭と影響力拡大の背景に一体何があるのかを、冷静かつ俯瞰的な視点でしっかりと捉え、我が国の国益に最も沿う形で動いていくべきです。

というのも、経済学者の高橋洋一氏がDIAMOND onlineのコラムで指摘しているように、100年前の第一次世界大戦時に端を発するイギリスを中心としたヨーロッパ列強の「三枚舌外交」によって生み出された複雑な中東問題(とりわけパレスチナ問題)が背景にあるからです。イスラエルを保護して中東問題に関わってきたアメリカを含めた「欧米」とは違い、本質的に日本がこの問題で恨まれる筋合いはありません。


さらに大局的な視点で捉えれば、2001年のアメリカ同時多発テロに始まり、アフガン・イラク戦争を経てISの台頭と続いてきた「西洋キリスト教資本主義文明」対「イスラム文明」という『文明の衝突』の一環であるという見方をせざるを得ないでしょう。

ソ連を中心とした共産主義陣営との冷戦に勝利し、『歴史の終わり』つまり「資本主義・民主主義文明が世界をあまねく覆う」とまでもてはやされた時期もありましたが、現実はそうはなりませんでした。日本国内にいると世界中が「資本主義・自由主義・民主主義」の理念を共有しているような錯覚に陥りますが、世界を回ればそれはごくごく一部なのだということを痛感します。誤解を恐れずに書けば、歴史的・風土的に絶対根付かないであろう地域が存在します。

資本主義・自由主義・民主主義という西洋キリスト教文明が生み出した理念・価値観は、決して「人類普遍の原理」ではないという現実を冷徹に受け止め、技術の発達によってこれだけ狭くなった世界の中で、異なる文明がどう折り合いをつけて共生・共栄していくか。既に15年が経っていますが、21世紀最大の課題は間違いなくこの問いかけでありましょう。

私は、ここにこそ日本が果たすべき役割があると考えています。それまで東洋の中で独自の文明を発展させながらも、欧米列強からの侵略を逃れるために必死の努力で「資本主義・自由主義・民主主義」を自らに取り込み、非白人国家として初めて近代化に成功した我が国こそ、異なる文明の共存・共栄という難題解決に資する動きをしていくべきです。

 

 

また国益追求という観点で言えば、世界の目が再び中東に向いていく中で、アジアにおける中国の脅威にしっかりと対応していかねばなりません。欧米に引きずられて中東の泥沼に巻き込まれないよう一線を画しながら、経済力を含めた国力を蓄えるため内政の充実を図ることこそが日本に今求められているのではないか?文明論的に少し視野を広げて今回のテロを見ると、私はそう考えます。